『Worldが開けない』
始まりは誰かの一言だった。
その日、僕らはネオ渋谷のハチ公前で示し合わせたわけでもなく集まり、いつものように駄弁っていた。
そして22時、いつものように、ある人はイベントに行くからと、ある人は明日が早いからと、ある人は夕飯を食べるからと、解散にしようとした時だった。
いつものように。
いつもと違ったのはWorldが開けないことに気づいたところからだった。
どうせいつもの同期ずれか、バグか何かだと思った。
Sorcalで別のフレンドに飛ぶか、ホームに戻るか。
最悪再起動で済む話だろうと思っていた。
何も、できなくなっていた。
Joinのボタンは消え、Go HomeボタンもExitボタンも見つからなくなっていた。
フレンドも同じことを試したようだった。
「なんて致命的なバグだ…仕方ない」
ため息交じりにつぶやいてヘッドセットを外し、PCの再起動をしようとした。
額に伸ばした手は空を切った。
あるはずのヘッドセットは触れず、代わりにビーズクッションに似た感触の毛むくじゃらの何かに触った。
とっさに体を触った。ないはずの感触が、あった。
見知ったデータの塊に、見知らぬ方法で触れることができてしまった。
頭の中が違和感で満たされていった。
あまりにもリアルだった。まるで本当にVRCに入ってしまったような。
もしかしたら本当に入ってしまっていたのかもしれない。
パニックを起こしかけた。
冷汗が流れていく気がしたが、汗は流れなかった。
得体のしれない何かに巻き込まれたことがようやく理解できた。
フレンドの狼狽をみれば同じことを試したことがわかった。
不思議そうに、自分のアバターをまさぐり、あるはずのものがなく、ないはずのものがあることを確かめていた。
みんな、アバターの形のまま、自分に触れられるようだった。
「まさか」
おそるおそる頭の上に肉球のついた手を伸ばしてみた。
ふわふわの耳がついていた。
つづく