閉鎖空間へようこそ 1

 

『Worldが開けない』

 

始まりは誰かの一言だった。

その日、僕らはネオ渋谷のハチ公前で示し合わせたわけでもなく集まり、いつものように駄弁っていた。

そして22時、いつものように、ある人はイベントに行くからと、ある人は明日が早いからと、ある人は夕飯を食べるからと、解散にしようとした時だった。

いつものように。

 

いつもと違ったのはWorldが開けないことに気づいたところからだった。

どうせいつもの同期ずれか、バグか何かだと思った。

Sorcalで別のフレンドに飛ぶか、ホームに戻るか。

最悪再起動で済む話だろうと思っていた。

 

何も、できなくなっていた。

Joinのボタンは消え、Go HomeボタンもExitボタンも見つからなくなっていた。

フレンドも同じことを試したようだった。

「なんて致命的なバグだ…仕方ない」

ため息交じりにつぶやいてヘッドセットを外し、PCの再起動をしようとした。

 

額に伸ばした手は空を切った。

あるはずのヘッドセットは触れず、代わりにビーズクッションに似た感触の毛むくじゃらの何かに触った。

とっさに体を触った。ないはずの感触が、あった。

見知ったデータの塊に、見知らぬ方法で触れることができてしまった。

 

頭の中が違和感で満たされていった。

あまりにもリアルだった。まるで本当にVRCに入ってしまったような。

もしかしたら本当に入ってしまっていたのかもしれない。

 

パニックを起こしかけた。

冷汗が流れていく気がしたが、汗は流れなかった。

得体のしれない何かに巻き込まれたことがようやく理解できた。

 

フレンドの狼狽をみれば同じことを試したことがわかった。

不思議そうに、自分のアバターをまさぐり、あるはずのものがなく、ないはずのものがあることを確かめていた。

みんな、アバターの形のまま、自分に触れられるようだった。

 

「まさか」

おそるおそる頭の上に肉球のついた手を伸ばしてみた。

 

ふわふわの耳がついていた。

 

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ただひとつの げんじつへ

 つづく