輪郭が消える
輪郭が消える
ここでは人の顔は見えない。
名前も知らない。
歴史もない。
評価もない。
声も変えられる。
性別すら曖昧だ。
残るのは魂だけ。
純粋な人間性。
人の心がむき出しになる。
初めて一ヵ月。
アバターが馴染むのを感じた。
初めて二か月。
世界に人格が解けていくのを感じた。
世界に飛び込んだ時は人だった。
人の形をしていた。
でも、とけた。
残ったのは泡だった。
心は泡だ。
触れ合えばくっつき、離れ、膨らんで、しぼみ、はじけ、浮かび、消え、生まれる。
存在は希薄で、透けているようで、影は暗い。
輪郭が消える
ここは海だと思う。
たくさんの色とりどりの泡が浮かぶ海。
幻想的で、甘ったるい空気によどみ、息すら忘れる蜜のような海。
この海の中でいろんなものを見た。
島を見つけた人、船をつくる人、底を目指した人、空へはばたいた人、
流木にすがる人、魚を眺めた人、イルカになった人、陸を目指した人。
すべてがいとおしく思えた。
この世界に生きる人がたまらなく輝いて見えた。
このもう一つの現実で僕が見たのは人だった。
この仮の世界で、最も美しかった。
喜怒哀楽が渦巻き、どんな螺鈿よりもきらびやかだった。
まだ僕は漂っていたい。
流されるままに、行きつくままに。
たとえこの泡がどんな色を見せることになろうとも、
それが希釈の果てに残ったもう一つの自分であっても、
それはきっと自分で、
どこまでも自分しかいなくて、
輪郭が消える
でもきっと、それってとても素敵なことなんだと思う。