閉鎖空間へようこそ 4

いつもは快活な人だったが、その日はどこか無理をしているように感じていた。

そしてなによりも、ここに来てから見せた表情ボーンが、

どこか悲しいような、寂しいような、そんな気がしていたからだ。

 

「何か、あったんでしょう?」

 

僕はなるべく、落ち着いた調子で、問いかけた。

 

「あっちがそんなにいやになったの?」

 

無理に作り笑いしたら思わず絞り出すような声になってしまった。

 

そんな自分をみて、友人は少し笑ったような気がした。

そして、ぽつりぽつりと話し始めてくれた。

学校の友人のひどい裏切りにあったこと。

転校生の自分にかけた優しい言葉は計算だったこと。

影では自分をなじり、クラスをまとめていたこと。

いつの間にか自分は最も孤立した存在になっていたこと。

それでいて、薄気味悪い笑顔で今日も肩をたたいてきたこと。

 

『それがなにさ』

誰かが声をあげた。

自分だったかもしれない。

『俺が君の話を聞くよ』

みんなが口々に声をかけ始めた。

『おいしいもの食べて寝よ!ここはご飯ないよ』

『花は好き?今度写真送るね!』

『うちの猫の動画みる?』

また笑った。

「僕たちがいつでも君を支えるから、いつでもそばにいるから、そんなに簡単に現実を捨てようとしないで」

 

 

泣き笑うような表情をしながら、友人は頷いた。

歓声があがった。

その時、チャットにまた書き込みがあった。

 

???:みんなでねがって

???:ここをでたいと

???:そしてここでのできごとを

???:きろくにのこして

 

やることはわかっていた。

ハチ公を見上げるように全員がならんだ。

てんで秩序もない、ばらばらのアバターだけど

みんな笑顔だった。

 

そしてシャッターを切った瞬間、視界が暗転した。

 

???:みんなにあえてよかった

???:またね

 

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???:わすれないでね 

 

顔を上げたらPCの前だった。

PCはシャットダウンしていた。

試してみたらVRCは問題なく起動した。

 

夢だったのだと思った。どう考えてもありえない。

でも、画像フォルダの1枚の集合写真が現実だったことを物語っていた。

僕はなんとなく、頭が丸いことを確かめて、ヘッドセットを外した。

 

 

 

ここがこんなにもすばらしいのは げんじつがあるから

ここが もうひとつ であるかぎり ここはかがやきつづける

だから いまをいきて

つかれたらちょっと あそびにきて

 

おわり

閉鎖空間へようこそ 3

You:あなたはだれ?

 

???:わからないの

 

他にも似た状況の人がどこかにいるのかもしれない。

力を合わせればなんとかなるかもしれない。

しかし、意外にもその声はあっさりと答えを示してくれた。

 

???:でもここのことはわかる

???:ここは、だれかがここにいたいと

???:つよくねがってうまれたせかい

 

『そんなの、マンガやアニメじゃあるまいし…』

『これだってゲームだろ?なんでこんな…』

超常的な話に、不安の声が上がる。

 

???:のぞむなら

???:ここにいつづけることもできる

???:そんなせかい

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そこに いるの?

『そりゃいいや、死ぬまで遊べそうだ』

軽口をたたいた彼は隣のパートナーにたたかれた。

しかし、それは誰かがどこかでは思っていることだ。

口には出さずとも、心のどこかで。

自分もそうだった。

 

???:でもここにのこるということは

???:じぶんをうしなうということ

???:わたしもじぶんのなまえをおもいだせない

 

『えっ』

隣のフレンドが声を漏らした。

おそらく同じことに気が付いたのだろう。

現実の自分のことが霞がかかったかのようになっていた。

さっき食べた夕飯の味、立ちっぱなしの足のしびれ、

使っているスマホの色、嫌いな上司の名前。

試しにさっきまで駄弁っていたことを話し合ってみたが、

思い出せないことがいくつもあった。

 

???:かえるのはかんたん

???:ここにのこりたいとねがったひとが

???:かえりたいとねがえばいいの

 

???:あなたたちは

???:どうする?

 

 

 

『時間がない』

焦ったフレンドが軽口をたたいた一人に詰め寄った。

お互いが疑心暗鬼になっていった。

『君のせいで迷惑が掛かってるんだ』

『だれが、いったいこんな』

 

しかし、僕は一人、思い当たる人がいた。

 

「何かあったの?」

 

僕は声をかけた。

 

つづく

 

 

閉鎖空間へようこそ 2

『どうなってるんだ』

 

その声には明らかに恐怖の色があった。

しかし、僕は逆に落ち着いていった。

こんなのは夢に決まっていると気が付いたからだ。

 

夢はいつか覚める。

明晰夢の経験は何回かあったし、いつの間にか寝落ちてしまったのだろう。

それならばいっそ楽しんでやろうという気にもなってきた。

現実離れした現実感がそんな気分にしたのかもしれない。

 

とりあえず周辺を見て回ることにした。

よく見るとワールドのあちこちが変わっていた。

正確には、壊れていた。

ブースデータはエラーログとなり、ハチ公のハーネスの色が抜け、

ビルの表面を砂嵐が舐めていた。

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とりのこされた でんしのかたまり


 

一通り見回って、フレンドとできることを共有し、どうにか状況を打開する策を練っているとき、サブメニューを開けることに気が付いた。

 

なぜならチャットに書き込みがあったからだ。

そしてそれはここにいる誰のものでもないことが一目でわかった。

 

 

???:わたしのことば、とどいてる?

 

 

フレンドと顔を見合わせた。

全員で喋っていたし、ふざけられるような雰囲気でもないことはわかっていた。

そして何よりも、ここの住民のような存在だと察したのだ。

 

この状況は誰かが作り出したものであることはわかっていた。

むやみに動くのもリスキーだろう。

『しかし、とにかく今は情報が必要だ』

その場の意見がまとまり、一縷の望みとも思えるその言葉に声を返した。

 

You:いるよ

 

???:よかった とどいているのね

 

 

 

???:ここは「へいさくうかん

 

???:せかいのきれはし こわれたばしょ 

 

 

つづく

閉鎖空間へようこそ 1

 

『Worldが開けない』

 

始まりは誰かの一言だった。

その日、僕らはネオ渋谷のハチ公前で示し合わせたわけでもなく集まり、いつものように駄弁っていた。

そして22時、いつものように、ある人はイベントに行くからと、ある人は明日が早いからと、ある人は夕飯を食べるからと、解散にしようとした時だった。

いつものように。

 

いつもと違ったのはWorldが開けないことに気づいたところからだった。

どうせいつもの同期ずれか、バグか何かだと思った。

Sorcalで別のフレンドに飛ぶか、ホームに戻るか。

最悪再起動で済む話だろうと思っていた。

 

何も、できなくなっていた。

Joinのボタンは消え、Go HomeボタンもExitボタンも見つからなくなっていた。

フレンドも同じことを試したようだった。

「なんて致命的なバグだ…仕方ない」

ため息交じりにつぶやいてヘッドセットを外し、PCの再起動をしようとした。

 

額に伸ばした手は空を切った。

あるはずのヘッドセットは触れず、代わりにビーズクッションに似た感触の毛むくじゃらの何かに触った。

とっさに体を触った。ないはずの感触が、あった。

見知ったデータの塊に、見知らぬ方法で触れることができてしまった。

 

頭の中が違和感で満たされていった。

あまりにもリアルだった。まるで本当にVRCに入ってしまったような。

もしかしたら本当に入ってしまっていたのかもしれない。

 

パニックを起こしかけた。

冷汗が流れていく気がしたが、汗は流れなかった。

得体のしれない何かに巻き込まれたことがようやく理解できた。

 

フレンドの狼狽をみれば同じことを試したことがわかった。

不思議そうに、自分のアバターをまさぐり、あるはずのものがなく、ないはずのものがあることを確かめていた。

みんな、アバターの形のまま、自分に触れられるようだった。

 

「まさか」

おそるおそる頭の上に肉球のついた手を伸ばしてみた。

 

ふわふわの耳がついていた。

 

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ただひとつの げんじつへ

 つづく

前日

ある日

みんな寝てしまったフレオンで

君は少し話し相手になってくれたね

 

次の日

送り忘れたフレンド申請

君がいないかワールド行ったり来たり

 

次の日

フレンドに相談してた君のこと

名前を忘れないようにメモ書きして

 

次の日

やっと出会えたこたつの部屋で

いつもよりちょっとこしょばいフレンド申請

 

次の日

まったりフレオンに君が来て

隣に座って少し感じる吐息

 

次の日

barのイベントでたまたまばったり

君が座ったのはなぜか僕の隣

 

次の日

なんとなく探してたフレンド欄

1時間遅く寝たけど君はオフライン

 

次の日

パブリックの君にJoinして

なんとなく会話の輪には混ざりにくくて

 

次の日

いつものフレオン寝る前君と

前と同じまったり時間過ごして

 

行かないでって言った君が

まだいたいって言った君が

またあしたって言った君が

だんだんいとおしくなって

 

なでられるのは慣れたけど

君のはどこか特別で

ささやかれるのは慣れたけど

君のはなんだか安心できて

 

でも僕はまだわかってないから

気持ちの名前がわかってないから

もうちょっとこのまま

もうちょっとここにいさせてね

輪郭が消える:歌詞

みなもの 泡が浮かんで

二つの 心混ざって

それはきっと溶け合うようで

輪郭が消える

 

すべてが曖昧 感じる眩暈

名前はないし 歴史もない

何もかもを 置き去りにして

残ったのは 魂だけで

むき出しになった この人間性

仮の世界の 下らぬ理性

隅まで馴染んだ 可憐な義骸(ぎがい)

素敵な笑顔で ふりまく期待

世界は海で 心はとけて

人の形は もうなくて

流されるままに 漂う僕ら

きっと雲の ような泡

 

 

みなもの 泡が消えて

一つの 心はじけて

それはきっと花火のようで

輪郭が消える

 

すべてが輝き いとおしく見え

喜怒哀楽が 渦巻いて

言葉を持たず あふれだして

離れ 膨らんで 消え 生まれ

世界は海で 風は凪いで

自分の体は もうなくて

眠ったような 流れの中で

存在は希薄透けてるようで

空をみて 底をみて イルカが泳ぎ 時を忘れ

流されるままに漂う僕ら

きっと雲のような泡

 

みなもの 泡が生まれて

いくつも 心出会って

それはきっと夢のようで

輪郭が消える

 

 

ぽぴよこ

がちゃどんからから

ここはポピー

新宿裏路地1番街

 

がちゃどんからから

ようこそユーザー

突き当り右 いつもの場所

 

がちゃどんからから

みちばたビール

カウンターには

リアルビール

 

がちゃどんからから

21時

ケモに幽霊 ロボット 魚

 

がちゃどんからから

植え込み寝落ち

デコレーションは 二郎麺

 

がちゃどんからから

リアルコライダー

ぶつけてぶちまけ

大笑い

 

がちゃどんからから

路上ライブ

パーティクルは

控えめに

 

がちゃどんからから

来ない朝

呑んで踊って

夢の中で